Lady In Satin /Billie Holiday

生命を絞り出して歌う43歳のビリー・ホリデイの歌声が聞けるアルバム


レディ・イン・サテン+4

1958年、ビリー・ホリデイ43歳のアルバムです。

ビリー・ホリデイは44歳で亡くなりましたので、亡くなる1年前のレコーディングになります。

翌年、亡くなる直前に「Billie Holiday(Last Recording) 」というアルバムを発売しますので、ビリー・ホリデイの最後から2番目のアルバムということにもなります。

 

伴奏をレイ・エリス楽団に頼んだのはビリー・ホリデイからの強い要望だったと、プロデューサーのアービン・タウンセントはアルバムのライナーノーツに書いています。

レイ・エリス楽団は当時新進の楽団で、ムード音楽やポップス歌手の伴奏を演奏する40人編成のストリングス楽団です。アレンジャーでリーダーのレイ・エリスはまだ駆け出しで35歳の若さでした。

ビリー・ホリデーはこのレイ・エリス楽団の大ファンだったようでよく聴いていたようです。

 

レイ・エリスにとっては名を上げるチャンスでもあり全力を上げて取り組みました。

彼はレコード店に行ってビリー・ホリデーのアルバムを買い揃え、どんなアレンジが彼女の歌を引き立てるかを検討し、アレンジに取り掛かりました。

 

レイ・エリスがビリー・ホリデーのレコーディングをすることが世間に知れ渡ると、ニューヨーク中の超一流ミュージシャンから参加したいと連絡があったそうです。

 

ビリー・ホリデーは楽団とのリハーサルには参加せず、いきなりレコーディング・セッションからの参加でした。

レイ・エリスはアルバムのライナーノーツにこう書いています。

「ビリーが1回目のセッションに現れた時、40人のオーケストラが待機しているのを見て怖気づいたのを覚えている。

私が彼女をミュージシャン達に紹介すると、彼らは丁寧な拍手で彼女を迎えた。

彼女はそれによって、少し落ち着いたようだった」

 

ビリー・ホリデーは少人数のバンドでの演奏を得意としていたし、もちろんジャズのビッグバンドでの演奏はしょっちゅうやっていましたが、40人編成のオーケストラで歌うのは初体験だったので緊張したのでしょうね。

 

曲はビリー・ホリデーが今までレコーディングしたことのない曲ばかりをビリー・ホリデー自身で選曲しました。

中にはレコーディング当日になってもまだ覚えられないでいた新曲もありました。

 

興味深いのは12曲目The End Of A Love Affair「恋路の果て」です。

ビリ・ホリデーの歌の後ろに微かに人の声がします。

一番わかりやすいのは、イントロが終わってビリー・ホリデーが歌い出すほんの一瞬前に小さく声がします。

よく聞くと曲の途中にも聞こえます、亡霊のような声が。

 

答えは15曲目のThe End Of A Love Affair 「恋路の果て」(ボーナストラック)にありました。

このテイクはレコーディングした3日間のうちの2日目です。

何度も歌おうとしますがビリー・ホリデイはうまく歌うことができません。歌詞もメロディも覚えていなかっようです。それで「曲を知らない・・・」と言い始めたりしてレコーディングは頓挫します。

それで「とりあえず伴奏だけ録音しておこう」ということになり、歌なしで楽団だけのレコーディングをします。今で言うカラオケですね。

ビリー・ホリデイはうまく歌えなかったことが悔しかったのか、その伴奏だけのレコーディングの最中に歌の練習をしているのです。そしてその歌声がなんとしっかりと録音されていたのです。

どういう経緯でそうなってしまったのかはわかりませんが、ちょっとありえない話ですよね。

おそらくは特に後で使おうとは思っていなかったのでしょう。

そしてレコーディングの2日目は終わり、3日目になります。

ビリー・ホリデイは2日目にうまく歌えなかったThe End Of A Love Affair 「恋路の果て」を完璧に覚えてきました。

それではというので2日目に伴奏だけで録音しておいたテイクに歌をオーバーダビングすることにしました。

この3日目にオーバーダビングしたこのテイクがアルバムに使われました。

なので歌の後ろの方で聞こえる亡霊のような声は、ビリー・ホリデイ自身が練習している声なんですね。

興味がありましたらぜひ聞いて見てください。

 

ちなみにこのオーバーダビングした時のビリー・ホリデイの声が、伴奏を消したアカペラの声として15曲目のボーナストラックで聴くことができます。

ビリー・ホリデイの生々しい歌声が素晴らしく感動的です。

 

全ての曲をアレンジしたレイ・エリスが後に話している興味深い話です。

「私は、それぞれのアレンジに彼女が初めて耳を傾けた時の反応を観察していた。

彼女はストリングスがトレモロで音階を上がっていったり終ったりすると、私の方を見てにっこりと笑うのだった。

一番感動的だったのは「恋は愚かというけれど」のプレイバックを聴いた時だろう。彼女の目から涙が溢れていたのだ」

 

目から涙が溢れていた理由は色々と推測されますが、

「恋は愚かというけれど」という曲が自分の今までの人生を思い出させてしまったのかも知れません。

この頃には体調も麻薬と酒でボロボロでしたから、若い頃と違い声に伸びや艶もなくなってしまい、それが悲しかったのかも知れませんね。

または純粋にいい音楽ができたことが嬉しくて涙が出たのかも知れません。

 

涙の理由はわかりませんが、もっともっと頑張ろうという思いとは裏腹に身体の方はどんどん悪化していき、声もかなり出ずらくなっていました。

この翌年、麻薬と深酒がたたり肝硬変や腎不全やいろいろな病気を併発して亡くなりますが、この頃にはすでに自分の死を予感していたのではないでしょうか。

 

死と隣り合わせだった43歳のビリー・ホリデイの歌声には、生命を絞り出して歌うその遺言のような生命の声が滲み溢れています。

 

ぜひ聴いてみてください!

 

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[曲目]

1. I’m A Fool To Want You「恋は愚かと言うけれど」
2. For Heaven’s Sake「お願いだから」
3. You Don’t Know What Love Is「恋を知らないあなた」
4. I Get Along Without You Very Well「あなたなしでも暮らせるわ」
5. For All We Know
6. Violets For Your Furs「コートにすみれを」
7. You’ve Changed「心変わりしたあなた」
8. It’s Easy To Remember
9. But Beautiful
10. Glad To Be Around「不幸でもいいの」
11. I'll Be Around
12. The End Of A Love Affair 「恋路の果て 」(モノラル・ヴァージョン)

13. I’m A Fool To Want You「恋は愚かと言うけれど」 (Take3) <ボーナス・トラック>

14.I’m A Fool To Want You「 恋は愚かと言うけれど」 (Take2) <ボーナス・トラック>

15. The End Of A Love Affair 「恋路の果て」 (The Audio Story) <ボーナス・トラック>

16. The End Of A Love Affair 「恋路の果て」 (ステレオ・ヴァージョン) <ボーナス・トラック>

17. Pause Track 

 

 [ Recording 1958  NYC  Columbia Records ]

 

[演奏メンバー]
Billie Holiday (vo)
Ray Ellis (arr,conductor)

 Mel DAVIS(Trumpet)(solos on "You Don't Know What Love Is" and "But Beautiful")

J.J.Johnson(Trombone)(solo on "Glad to be Unhappy and "I Get Along Without you)

Urbie Green(Trombone)(solos on "I'm a Fool to Want You" and "It's Easy to Remember")

Mal Waldron(Piano)

Milt Hinton(Bass)

Osie Johnson(Drum)

      and many  others

 

まさしくこのアルバムは元気の出る究極のジャズ名盤と言えます。

 

最後まで読んでいただいてありがとうございました。

 

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