元気が出るジャズ名盤

みなさんはどんな時にJazzを聴きますか?

疲れをとりたい時、癒されたい時、気分を一新したい時・・・

人それぞれJazzとの関わり方は違うと思います。

私の場合はとにかく元気になりたい時にJazzを聞きます。

Jazzを聴くと何故だか心も身体もリフレッシュできるのです、不思議ですね・・。

共感して下さる方はたくさんいらっしゃると思います。

とにかくJazzはエネルギッシュで生命力溢れる魂の音楽ですから。

 

このブログでは私の独断で選んだ元気の出るジャズの名盤をご紹介していきます。

Jazzの世界がみなさんの日常に飛び込んで明日への糧となっていったら嬉しいです!

Lady In Satin /Billie Holiday

生命を絞り出して歌う43歳のビリー・ホリデイの歌声が聞けるアルバム


レディ・イン・サテン+4

1958年、ビリー・ホリデイ43歳のアルバムです。

ビリー・ホリデイは44歳で亡くなりましたので、亡くなる1年前のレコーディングになります。

翌年、亡くなる直前に「Billie Holiday(Last Recording) 」というアルバムを発売しますので、ビリー・ホリデイの最後から2番目のアルバムということにもなります。

 

伴奏をレイ・エリス楽団に頼んだのはビリー・ホリデイからの強い要望だったと、プロデューサーのアービン・タウンセントはアルバムのライナーノーツに書いています。

レイ・エリス楽団は当時新進の楽団で、ムード音楽やポップス歌手の伴奏を演奏する40人編成のストリングス楽団です。アレンジャーでリーダーのレイ・エリスはまだ駆け出しで35歳の若さでした。

ビリー・ホリデーはこのレイ・エリス楽団の大ファンだったようでよく聴いていたようです。

 

レイ・エリスにとっては名を上げるチャンスでもあり全力を上げて取り組みました。

彼はレコード店に行ってビリー・ホリデーのアルバムを買い揃え、どんなアレンジが彼女の歌を引き立てるかを検討し、アレンジに取り掛かりました。

 

レイ・エリスがビリー・ホリデーのレコーディングをすることが世間に知れ渡ると、ニューヨーク中の超一流ミュージシャンから参加したいと連絡があったそうです。

 

ビリー・ホリデーは楽団とのリハーサルには参加せず、いきなりレコーディング・セッションからの参加でした。

レイ・エリスはアルバムのライナーノーツにこう書いています。

「ビリーが1回目のセッションに現れた時、40人のオーケストラが待機しているのを見て怖気づいたのを覚えている。

私が彼女をミュージシャン達に紹介すると、彼らは丁寧な拍手で彼女を迎えた。

彼女はそれによって、少し落ち着いたようだった」

 

ビリー・ホリデーは少人数のバンドでの演奏を得意としていたし、もちろんジャズのビッグバンドでの演奏はしょっちゅうやっていましたが、40人編成のオーケストラで歌うのは初体験だったので緊張したのでしょうね。

 

曲はビリー・ホリデーが今までレコーディングしたことのない曲ばかりをビリー・ホリデー自身で選曲しました。

中にはレコーディング当日になってもまだ覚えられないでいた新曲もありました。

 

興味深いのは12曲目The End Of A Love Affair「恋路の果て」です。

ビリ・ホリデーの歌の後ろに微かに人の声がします。

一番わかりやすいのは、イントロが終わってビリー・ホリデーが歌い出すほんの一瞬前に小さく声がします。

よく聞くと曲の途中にも聞こえます、亡霊のような声が。

 

答えは15曲目のThe End Of A Love Affair 「恋路の果て」(ボーナストラック)にありました。

このテイクはレコーディングした3日間のうちの2日目です。

何度も歌おうとしますがビリー・ホリデイはうまく歌うことができません。歌詞もメロディも覚えていなかっようです。それで「曲を知らない・・・」と言い始めたりしてレコーディングは頓挫します。

それで「とりあえず伴奏だけ録音しておこう」ということになり、歌なしで楽団だけのレコーディングをします。今で言うカラオケですね。

ビリー・ホリデイはうまく歌えなかったことが悔しかったのか、その伴奏だけのレコーディングの最中に歌の練習をしているのです。そしてその歌声がなんとしっかりと録音されていたのです。

どういう経緯でそうなってしまったのかはわかりませんが、ちょっとありえない話ですよね。

おそらくは特に後で使おうとは思っていなかったのでしょう。

そしてレコーディングの2日目は終わり、3日目になります。

ビリー・ホリデイは2日目にうまく歌えなかったThe End Of A Love Affair 「恋路の果て」を完璧に覚えてきました。

それではというので2日目に伴奏だけで録音しておいたテイクに歌をオーバーダビングすることにしました。

この3日目にオーバーダビングしたこのテイクがアルバムに使われました。

なので歌の後ろの方で聞こえる亡霊のような声は、ビリー・ホリデイ自身が練習している声なんですね。

興味がありましたらぜひ聞いて見てください。

 

ちなみにこのオーバーダビングした時のビリー・ホリデイの声が、伴奏を消したアカペラの声として15曲目のボーナストラックで聴くことができます。

ビリー・ホリデイの生々しい歌声が素晴らしく感動的です。

 

全ての曲をアレンジしたレイ・エリスが後に話している興味深い話です。

「私は、それぞれのアレンジに彼女が初めて耳を傾けた時の反応を観察していた。

彼女はストリングスがトレモロで音階を上がっていったり終ったりすると、私の方を見てにっこりと笑うのだった。

一番感動的だったのは「恋は愚かというけれど」のプレイバックを聴いた時だろう。彼女の目から涙が溢れていたのだ」

 

目から涙が溢れていた理由は色々と推測されますが、

「恋は愚かというけれど」という曲が自分の今までの人生を思い出させてしまったのかも知れません。

この頃には体調も麻薬と酒でボロボロでしたから、若い頃と違い声に伸びや艶もなくなってしまい、それが悲しかったのかも知れませんね。

または純粋にいい音楽ができたことが嬉しくて涙が出たのかも知れません。

 

涙の理由はわかりませんが、もっともっと頑張ろうという思いとは裏腹に身体の方はどんどん悪化していき、声もかなり出ずらくなっていました。

この翌年、麻薬と深酒がたたり肝硬変や腎不全やいろいろな病気を併発して亡くなりますが、この頃にはすでに自分の死を予感していたのではないでしょうか。

 

死と隣り合わせだった43歳のビリー・ホリデイの歌声には、生命を絞り出して歌うその遺言のような生命の声が滲み溢れています。

 

ぜひ聴いてみてください!

 

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[曲目]

1. I’m A Fool To Want You「恋は愚かと言うけれど」
2. For Heaven’s Sake「お願いだから」
3. You Don’t Know What Love Is「恋を知らないあなた」
4. I Get Along Without You Very Well「あなたなしでも暮らせるわ」
5. For All We Know
6. Violets For Your Furs「コートにすみれを」
7. You’ve Changed「心変わりしたあなた」
8. It’s Easy To Remember
9. But Beautiful
10. Glad To Be Around「不幸でもいいの」
11. I'll Be Around
12. The End Of A Love Affair 「恋路の果て 」(モノラル・ヴァージョン)

13. I’m A Fool To Want You「恋は愚かと言うけれど」 (Take3) <ボーナス・トラック>

14.I’m A Fool To Want You「 恋は愚かと言うけれど」 (Take2) <ボーナス・トラック>

15. The End Of A Love Affair 「恋路の果て」 (The Audio Story) <ボーナス・トラック>

16. The End Of A Love Affair 「恋路の果て」 (ステレオ・ヴァージョン) <ボーナス・トラック>

17. Pause Track 

 

 [ Recording 1958  NYC  Columbia Records ]

 

[演奏メンバー]
Billie Holiday (vo)
Ray Ellis (arr,conductor)

 Mel DAVIS(Trumpet)(solos on "You Don't Know What Love Is" and "But Beautiful")

J.J.Johnson(Trombone)(solo on "Glad to be Unhappy and "I Get Along Without you)

Urbie Green(Trombone)(solos on "I'm a Fool to Want You" and "It's Easy to Remember")

Mal Waldron(Piano)

Milt Hinton(Bass)

Osie Johnson(Drum)

      and many  others

 

まさしくこのアルバムは元気の出る究極のジャズ名盤と言えます。

 

最後まで読んでいただいてありがとうございました。

 

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WAY OUT WEST/Sonny Rollins

西部で初顔合わせした3人が驚くほど新鮮で濃密な演奏を繰り広げるソニー・ロリンズ25歳の時のアルバム


ウェイ・アウト・ウエスト+3

あまり知られてない話かもしれませんが、最初の結婚が破局を迎えたソニー・ロリンズ(T.Sax)は莫大な慰謝料のためお金が必要になり、ありとあらゆるレコード会社に手当たり次第レコーディングしたそうです。その中の1枚がこの「WAY OUT WEST」だそうです。

レコーディングの話が進む中、当時マックス・ローチクインテットとしてツアーが決まっていた西海岸での空き時間に録音することになりました。

コンテンポラリー・レコードはソニー・ロリンズの希望通り、ピアノレスのメンバーをセッティングしました。

場所はカリフォルニア州ロサンゼルスにあるコンテンポラリー・スタジオです。

メンバーは当時オスカー・ピーターソン・トリオでロサンゼルスに来ていたベースのレイ・ブラウンと、ロサンゼルス在住のドラマーのシェリー・マンです。

レコード会社が集めたメンバーでしたのでソニー・ロリンズとは初対面でしたが、2人とも当時のジャズ界ではすでにトップレベルのミュージシャンでした。

 

それぞれの仕事の都合でレコーディングは深夜3時からのスタートだったそうです。

3人は初顔合わせでしたがレコーディングが進むにつれ演奏は盛り上がっていき、疲れを見せずアルバムは仕上げられました。

初顔合わせでこれだけの演奏とは素晴らしいです。

 

ジャケットがまたかっこいいですね。

西海岸ということもあってか西部劇風の写真です。

ソニー・ロリンズはカウボーイさながら荒野に立って拳銃の代わりにサックスを構えています。サボテンや牛の頭蓋骨(?)も見えてなんともユーモアたっぷりの不思議なジャケットです。

また西部ということにちなんだのだと思われますが西部劇の曲か2曲入っています。

1曲目のI'm an Old Couhand(俺は老カウボーイ)と4曲目のWagon Wheels。

どちらも西部劇の映画音楽です。

2曲ともシェリー・マンのウッド・ブロックのパターンが西部劇っぽくてとてもかわいいくてユニークな演奏になっています。

 

3曲目Come goneと6曲目Way out west はソニー・ロリンズのオリジナル。

2曲目Solitudeと5曲目There is no greater loveはジャズのスタンダード曲です。

 

全体に、初顔合わせの3人が一晩で作り上げたアルバムとは思えない密度の濃い演奏になっています。

ぜひ聴いてみてくださいね。

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1. I'm an old couhand
2. Solitude
3. Come gone
4. Wagon Wheels
5. There is no greater love
6. Way out west 

7. I'm an old couhand (別テイク)

8. Come gone(別テイク)

9. Way out west (別テイク)

 

[ Recording 1957年 コンテンポラリー]


Sonny Rollins (T.Sax)   

Ray Brown (Bass)   

Shelly Man (Drum) 

 

 

まさしくこのアルバムは元気の出る究極のジャズ名盤といえます。

 

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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Ready for Freddie / Freddie Hubbard

ザ・ジャズ・メッセンジャーズとコルトレーン・バンドの両方のテイストを合わせもった、フレディ・ハバードのリーダーアルバム


Ready for Freddie

アート・ブレイキー & ザ・ジャズ・メッセンジャーズに在籍中のフレディ・ハバード(トランペット)のリーダーアルバムです。

当時同じジャズ・メッセンジャーズに在籍していた朋友ウェイン・ショーター(テナー・サックス)がフューチャーされたアルバムになっています。

他のメンバーはというとピアノにマッコイ・タイナー、そしてドラムにエルビン・ジョーンズ。この2人は当時のまさにジョン・コルトレーン(テナー・サックス)のバンドの黄金のリズム隊ですね。

そしてリチャード・デイビスもコルトレーンとの共演歴の多い、コルトレーンとかなり近しいベーシストです。

つまりこのアルバムは「アート・ブレイキー & ザ・ジャズ・メッセンジャーズ」のテイストと「ジョン・コルトレーン・バンド」のテイストを合わせもったアルバムということになりますね。

そう思って聴くと確かに確かにとうなずける場面が多々あり、興味深いアルバムといえます。

そして演奏メンバーにもう1人バーナード・マッキニー(ユーフォニウム)が参加しているのも興味深いです。

バーナード・マッキニーはソニー・ステット(アルト・サックス)やドナルド・バード(トランペット)、ペッパー・アダムス(バリトン・サックス)などと共演しているユーフォニウムの大家です。

"ユーフォニウム"という楽器はジャズファンにはあまり馴染みのない楽器かもしれませんね。トロンボーンとよく似た音色の楽器ですが、トロンボーンより少し丸みがあり暖かい音がするのが特色です。蛇足ですがこの"ユーフォニウム"という名前はギリシャ語の“euphonos”(eu=良い、phone=響き)に由来するそうです。

 

 

1曲目のArietis(アリエティス)はフレディ・ハバードのオリジナル曲。

彼の生まれた日(1938年4月7日)の星座「牡羊座Aries」に由来するそうです。

フレディ自身へのインタビューで本人は「この星座の人は開拓者向きだそうだ。僕に当てはまるかはわからないけどね。他にも性質が変わりやすくて好奇心が強いらしいよ」だそうです。

曲がカッコいいし、フレディ・ハバード→ウェイン・ショーター→バーナード・マッキニー→マッコイ・タイナーと続くアドリブソロがまた素晴らしいです。

 

2曲目のWeaver Of Dreams(ウィーヴァー・オバ・ドリーム)はジャズ・スタンダードのバラードです。

フレディ・ハバードのトランペットも素晴らしいけれど、なんと言ってもエルビン・ジョーンズのブラシが冴えわたっていて素晴らしい。

 

3曲目のMarie Antoinette(マリー・アントワネット)はウェイン・ショーターのオリジナルです。

レコードのライナーノートでジャズ評論家のナット・ヘントフは「"マリー・アントワネット"の題名は、曲の流れが断頭台の露と消える前の貴族たちの屈託の無いくつろいだ時間の感じを示していることに由来している」と解説しています。

ウェイン・ショーターらしい物語性のある印象的な曲です。

1番手にソロを取るウェイン・ショーターのアドリブが相変わらずぶっ飛んでいて素晴らしいですが、この曲のリチャード・デイビスのベースソロもまた超カッコよく秀逸です。

 

4曲目のBirdlike(バードライク)はフレディ・ハバードのオリジナル曲。

言うまでもなく、Bird(チャーリー・パーカー)への賛辞の曲です。いかにもチャーリー・パーカーが作りそうなリフのブルースです。

アップテンポのこの曲ではフレディ・ハバード→ウェイン・ショーター→バーナード・マッキニー→マッコイ・タイナー→リチャード・デイビスと白熱のアドリブ演奏を聴かせてくれます。

 

5曲目のCrisis(クライシス)もフレディ・ハバードのオリジナルです。

レコードのライナーノートでナット・ヘントフは「"クライシス"が生まれたのは、核兵器の影が大きくなる状況の下、私たちの生命がさらされる渦巻くような緊張感を音楽で表現したいというフレディの欲求からだった」と書いています。

この曲は、このアルバムと同じ1961年に録音されたアート・ブレイキー & ザ・ジャズ・メッセンジャーズの「モザイク」と言うアルバムでも取り上げられてられています。メッセンジャーズの"クライシス"と聴き比べてみるのも面白いです。

ここではエルビン・ジョーンズのドラムソロが超カッコいいです。

 

ぜひ聴いてみてください。

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曲目リスト
1. Arietis
2. Weaver Of Dreams
3. Marie Antoinette
4. Birdlike
5. Crisis
6. Arietis (別テイク)
7. Marie Antoinette Alt. Take(別テイク)

 

[Recording 1961 Blue Note]

 

演奏メンバー

Freddie Hubbard (Tumpet)
Bernard McKinney (Euphonium)
Wayne Shorter(T.sax)
McCoy Tyner (Piano)
Art Davis (Bass)
Elvin Jones (Drum)

 

このアルバムはまさに元気の出る究極のジャズ名盤といえます。

 

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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FOUR & MORE / Miles Davis

マイルス・デイビスが自画自賛する興奮の名盤


フォー&モア

1963年にマイルス・デイビスのバンドからウィントン・ケリー(ピアノ)、ポール・チェンバース(ベース)、ジミー・コブ(ドラム)が脱退して、マイルス・デイビスは新メンバーを探さなくてはいけなくなりました。

まずジョージ・コールマン(テナーサックス)をジョン・コルトレーンの紹介で加入させます。

次に当時アート・ファーマー(トランペット)のバンドにいたロン・カーター(ベース)を引き入れます。

そして当時ジャッキー・マクリーン(アルトサックス)のバンドにいたトニー・ウィリアムス(ドラム)を引き入れます。

最後に当時ドナルド・バード(トランペット)のバンドにいたハービー・ハンコック(ピアノ)を引き入れてとりあえずのバンド完成となりました。

とりあえずのというのは、後にジョージ・コールマンの代りにウェイン・ショーター(テナーサックス)が加入して"マイルス・デイビス黄金のクインテット"が完成するからです。

 

マイルス・デイビスの自叙伝によると、トニー・ウィリアムスのドラムを初めて聞いた時の印象をこう書いています。

「ジャッキー・マクリーンと一緒にやっていたこの17歳の小さなドラマーを聴いて、その素晴らしさに一発でまいってしまった。ものすごい奴だと思った。(中略)オレはこの大したチビを聴いただけで、たまらなく興奮してきたのがわかった。トランペッターというのは、すばらしいドラマーと演奏するのが大好きだが、オレは奴を聴いた途端、その場でこいつはドラマーの中でもとびきりのミュージシャンになると確信した」

 

そしてマイルスはハービー・ハンコックとトニー・ウィリアムスとロン・カーターを自宅に呼んで地下のスタジオで演奏させます。

自叙伝によると、

「三人はやって来て、その後の数日間、毎日演奏した。オレは、ミュージック・ルームや家中に巡らせたインターコムを通じて、ずっと聴いていた。彼らのサウンドは、もう良すぎるくらいだった。3日目か4日目にオレも下に降りていって、一緒にほんの少しだけ演奏した。(中略)新しいクインテットは、ものすごいバンドになるという自信がオレにはあった。彼らはほんの2、3日間であれだけすごくなったんだから、2、3ヶ月後にはどうなっているんだろうかと、こみ上げてくる興奮があった。それはオレがしばらく忘れていた感覚だった。素晴らしい、ものすごい音楽が聞こえて来るようだった」

 

そしてそのバンドでのライブ録音のアルバムがこの「FOUR & MORE」です。

1964年2月にフィルハーモニック・ホールで行われた慈善コンサートでのライブレコーディングです。

 

自叙伝にはこのコンサートのことがこう書いてあります。

「その夜の演奏は、まさに天井をぶっ飛ばしてしまいそうな勢いだった。みんなが、本当に一人残らず全員が、ものすごい演奏をした。曲はほとんどアップ・テンポだったが、ただの一度も狂わなかった。ジョージ・コールマンも、この夜が最高だった。それに、バンドには創造的な緊張感がみなぎっていた」

 

コロンビア・レコードはこの日のフィルハーモニック・ホールでのコンサートを2つに分けてアルバムにしました。1つはこの「Four & More」でもう1つは「My Funny Valentine」です。

「Four & More」の方は刺激的な曲を集めて作ったアルバムで「My Funny Valentine」の方は少しリラックスした曲を集めて作ったアルバムといえましょうか。

 

どちらも素晴らしく勢いとスピード感のあるビートと変幻自在なリズムと絶妙な音使いが凄いです。

ぜひ聴いてみてください。

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曲目

1. So What
2. Walkin’
3. Joshua
4. Four
5. Seven Steps To Heaven
6. There Is No Greater Love

 

[ Recording 1964年 Philharmonic Hall

Columbia Record]


演奏メンバー

Miles Davis (Trumpet)
George Coleman (T.Sax)
Herbie Hancock (Piano)
Ron Carter (Bass)
Tony Williams (Drum)

 

このアルバムはまさに元気の出る究極のジャズ名盤といえます。

 

最後まで読んでいただいてありがとうございました。

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Mack The Knife - Ella In Berlin / Ella Fitzgerald

1万2000人の観衆の前でうろ覚えの曲を歌ってしかも大盛り上がりのエラ・フィッツジェラルドの凄いアルバム


Mack the Knife-Ella in Berlin

1960年の2月にドイツの西ベルリンで行われた1万2000人が集まったコンサートのライブアルバムです。

題名が「Mack The Knife」となっているのはこの曲がこのアルバムの中でとても素晴らしいパフォーマンスだからですが、おそらくはもう少し違った意味でこの「Mack The Knife」という曲にちょっとしたエピソードがあるからです。

 

1935年生まれのエラ・フィッツジェラルドは18歳の時から歌手活動を始めていましたから、このアルバム「マック・ザ・ナイフ」が発売された1960年はもう43歳のベテラン歌手。人気も実力もピカイチでした。

デビュー同時からツアーに録音にと大忙しだったエラ・フィッツジェラルドはこの西ベルリン・コンサートもツアーのまっさかかりでした。

前日のベルギー・コンサートを終えたバンド一行は不眠の移動をしてこの西ベルリンコンサートに臨みました。

エラ・フィッツジェラルドとバンドはリハーサルもなくステージの幕は開きます。

どの歌手もたいがいはそうですがツアーに入るとレパートリーはほぼ変わりなく毎回同じ曲を同じように演奏するのが常です。毎日毎日が移動して演奏また移動して演奏の繰り返しですからリハーサルをしている時間もありませんので。

 

しかしその日は違いました。エラ・フィッツジェラルドはステージの途中で突然「マック・ザ・ナイフをやるわ」とバンドに言います。「マック・ザ・ナイフ」という曲はボビー・ダーリンやルイ・アームストロングが歌っていて、当時はすでに大流行していましたからバンドのみんなは知ってはいましたがエラ・フィッツジェラルドのバンドで演奏するのは初めてでした。それでもさすがに一流バンドです。何くわぬ顔で曲が始まります。

しかし肝心のエラ・フィッツジェラルドは何と「マック・ザ・ナイフ」歌ったことがなく歌詞もうろ覚えでした。

 

アルバムを聴けばわかりますが、曲が始まる直前のMCで

”We'd like to try and do it for you.
We hope we remember all the words."

「どうしてもみんなに聞いて欲しいの、

でも歌詞を全部覚えてるかなぁ?」

なんて前置きしてから歌います。さすがベテランさんです。

 

案の定4コーラス目あたりから歌詞が崩壊していきます(笑)

5コーラス目になるともうこんな感じの歌詞になってしまいます

"Oh, what's the next chorus?
To this song, now
This is the one, now
I don't know"

「エーと、次のコーラスの歌詞なんだっけ?

この歌のことだけど、

あー、もうわかんなくなっちゃった」

なんて歌にしちゃいます。さすがです!

 

もうあとは歌詞のないスキャット

”Oh bobby darin, and louis armstrong
They made a record, oh but they did
And now ella, ella, and her fellas
Were making a wreck, what a wreck
Of mack the knife”

「ボビー・ダーリンとルイ・アームストロングはこの曲で記録(グラミー賞)を取ったのに、

私(エラ・フィッツジェラルド)ったらマック・ザ・ナイフに撃沈 」

みたいな歌詞がすらすらと出て来ます。

 

マック・ザ・ナイフ」はドイツ人作家のブレヒトが書いオペラに出てくる登場人物「マッキー」の愛称。

 

エラ・フィッツジェラルドの歌のなかでは"ボビー・ダーリン"と"ルイ・アームストロング"と"マッキー"とそれからこのコンサートホールのある町"ベルリン・タウン"とがスキャットの合間にちりばめられてもうそれは大変なことになります。

 

これがエラ・フィッツジェラルドが初めて「マック・ザ・ナイフ」を歌った時の顛末ですが、これがお客さんにウケて、またエラ・フィッツジェラルド自身も気に入ってしまったのか、その後のコンサートでは必ず歌う十八番の曲にありました。

 

必ず歌うのですがそこはエラ・フィッツジェラルド、歌詞も必ず変わります。

しかもルイ・アームストロングのモノマネで歌ったりともうやりたい放題。

面白いですね〜!さすがです!

 

ぜひ聴いてみてください!

 

このアルバムはまさに元気が出る珠玉のジャズ名盤です。

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曲目
1. That Old Black Magic
2. Our Love Is Here to Stay
3. Gone with the Wind
4. Misty
5.The Lady Is a TrampThe Man I Love
6. Summertime
7. Too Darn Hot
8. Lorelei
9. Mack the Knife
10. How High the Moon?
11. Lover Come Back to Me
12. Angel Eyes
13. I'm Beginning to See the Light
14. My Heart Belongs to Daddy
15. Just One of Those Things
16. I Can't Give You Anything But Love
17. Sophisticated Lady
18. Love for Sale
19. Just One of Those Things

 

[ Recording 1960年 Verve Record ]

 

演奏メンバー

Ella Fitzgerald (Vocal)

Paul Smith (Piano)

Jim Hall (Guitar)

Wilfred Middlebrooks (Bass)

Gus johnson (Drum)

 

最後まで読んでいただきありがとうございました!

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Ray Bryant Trio / Ray Bryant

ブルージーでしかもキラキラとした明るいピアノタッチのレイ・ブライアントのプレイが最高です!


レイ・ブライアント・トリオ

母親が教会ピアニストだった影響から若い頃からピアノに慣れ親しんでいたレイ・ブライアントは、20歳になる前にすでにジャズの巨匠たちと共演していました。

カーメン・マクレエの伴奏者だったことは有名ですね。

そして数多くのリーダー・アルバムも発表し、またサイドマンとして録音に参加したアルバムも多数あります。

しかし超人気ピアニストというわけでは無かった彼がある日を境にスター・ピアニストとしての地位を得ることになります。

 

レイ・ブライアントが超人気者ピアニストの仲間入りをしたのは1972年のモントルー・ジャズフェスティバルがきっかけでした。

元々は速弾きピアニストのオスカー・ピータンが出演する予定だったのが急にキャンセルになり、その代役としてステージに上がったのがこのレイ・ブライアントでした。

オスカー・ピーターソンの代役とは緊張したでしょうね。

しかしレイ・ブライアントはこのステージで大熱演。観客も大盛り上がり。ステージは大成功。このフェスティバルを機に彼は一躍スター・ピアニストとしての地位を確立しました。彼が41歳の時です。

このフェスティバルでの録音が「ALONE AT MONTREUX」というアルバムに残っていますので興味のある方はぜひ聞いてみてください。

 

今回紹介するアルバムはそんなレイ・ブライアントの26歳の時のアルバムです。早いデビューでしたからもうすでに名前は知られていました。

私はずっとこのアルバムのタイトルは「Golden Earrings」だと思っていました。1曲目の曲名です。

それくらいこの「ゴールデン・イヤリングス」の演奏は素晴らしく、このアルバムの全体のイメージが私の中で「ゴールデン・イヤリングス」となっていたんですね。

あとで冷静に聴いてみると他のどの曲もそれに劣らず素晴らしいとわかりましたけど。

 

改めて、今回ご紹介するアルバムのタイトルは「レイ・ブライアント・トリオ」です。

 

1曲目のGolden Earringsは同名の映画の主題歌としてビクター・ベイリーが作曲した曲です。ジプシー(ロマ)音楽を基調としたエキゾチックな曲で、サラサーテ作曲の「ツィゴイネルワイゼン」をモチーフにしてつくられた曲です。

ボーカル物で1番有名なのは 「Golden Earrings /ペギー・リー」で、演奏物で1番有名なのはこの「レイ・ブライアント・トリオ」と言われています。誰もが認める歴史に残る名演です。

 

2曲目のAngel Eyesはマット・デニスが作曲したこれもエキゾチックな曲です。

レイ・ブライアントはこの曲をピアノソロで綺麗に仕上げています。メロディーはエキゾチックですがキラキラとしたした晴れた日の青空のような明るいソロを聴かせてくれます。

マット・デニスのオリジナルが聴けるアルバムはこちらです。興味があればぜひ聴いてみてください

Plays and Sings Matt Dennis

 

 

3曲目のBlues Changesはレイ・ブライアントのオリジナル曲です。最初はバラードで始まりアップテンポになりそして最後はまたバラードになって終わります。この曲もレイ・ブライアントのキラキラしたピアノタッチのプレイを聴くことができます。

 

4曲目のSplittin’もレイ・ブライアントのオリジナル曲で軽快なアップテンポの曲です。随所に出てくるスぺックス・ライトのドラムソロがキレキレで、なんと心地よいブラシワークでしょう!惚れ惚れしてしまいます。

 

5曲目のDjangoはピアニストのジョン・ルイスがギターの神様ジャンゴ・ラインハルトを追悼して作った曲です。

この曲はThe Modern Jazz Quartet / DJANGOというアルバムで聴けます。興味があればぜひ聴いてみてください。

このアルバムでレイ・ブライアントはオリジナルの演奏とほぼ同じアレンジで奇をてらうことなくプレイしています。迷いのない素晴らしい演奏ですね。

 

6曲目のThrill Is Goneはレイ・ヘンダーソンが作曲したバラードです。B・B・キングで有名な同名の曲とは違う曲ですのでお間違えになりませんよう。

レイ・ヘンダーソンはバイバイ・ブラックバードなど数々の映画音楽やジャズスタンダードを作った作曲家です。

レイ・ブライアントはこの曲「スリル イズ ゴーン」をブルージーで哀愁たっぷりに演奏しています。間の取り方が絶妙で聴き手を引き込みます。素晴らしい!

 

7曲目のDaahoudはトランペットのクリフォード・ブラウンが作曲したジャズのスタンダード曲です。「Clifford Brown & Max Roch/Clifford Brown & Max Roch」というアルバムで聴くことができます。

この曲ではアイク・アイザックスの歌心溢れるベースラインがレイ・ブライアントのピアノをご機嫌にサポートしています。ちなみにベースのアイク・アイザックスはカーメン・マクレエの元ご主人です。

アイク・アイザックスのリーダー作「KE ISAACS TRIO /AT PIED PIPER」ももし興味がありましたらぜひどうぞ聴いてみて下さい。

 

8曲目のSonarはドラムのケニー・クラークの作曲した曲です。

ケニー・クラークが演奏しているオリジナルのアルバムはこちらです。もし興味がありましたらぜひどうぞ「Summer Evening /Kenny Clark

この曲のレイ・ブライアントのバップピアノが大好きです。バックを固めるベースとドラムの堅実にピアノに寄り添うリズムがまた心地いいです。

 

このアルバムはまさに元気がでる珠玉のジャズ名盤です。ぜひ聴いてみてください!

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曲目

1. Golden Earrings
2. Angel Eyes
3. Blues Changes
4. Splittin’
5. Django
6. Thrill Is Gone
7. Daahoud

8.Sonar

 

[ Recording 1957年 Prestige ]


Ray Bryant (p)
Ike Isaacs (b)
Specs Wright (ds)

最後まで読んでいただきありがとうございました!

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Moanin’ / Art Blakey & The Jazz Messengers

 

そば屋の出前持ちが口ずさんだといわれるくらい大ヒットしたアート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズの「モーニン」です


モーニン

 

1956年にピアニストのホーレス・シルバーがメンバーを引き連れてバンドを脱退して以来メッセンジャーズは暗黒時代といわれる迷走の時代を迎えます。

 

ホーレス・シルバーがメンバーを引き連れてバンドを脱退した話の記事はこちらにありますのでぜひ見てみてください

jazzblog.hatenablog.jp

 

暗黒時代といわれた時代でのメンバーはビル・ハードマン(Tp)、ジャッキー・マクリーン(A.Sax)、ジョニー・グリフィン(T.Sax)、サム・ドッケンリー(Piano)、スパンキー・デブレスト(Bass)といういぶし銀のメンバーでしたがなかなか人気が出るまでには至りませんでした。

 

たまたまバンドに参加したテナー・サックスのベニー・ゴルソンアート・ブレイキーが意気投合します。そしてアート・ブレイキーベニー・ゴルソンに今後のバンドの全てを任せることにしました。

そして音楽監督ベニー・ゴルソンを迎えた新生「アート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズ」が誕生することになります。

ベニー・ゴルソンはまずメンバーを総入れ替えしました。

トランペットにリー・モーガン、ピアノにボビー・ティモンズ、ベースにジーミー・メリットです。

トランペットのリー・モーガンはすでにディジー・ガレスビー楽団の花形トランペッターとして有名でしたがあとのボビー・ティモンズジーミー・メリットはほぼ無名でした。

 

メンバーも揃い曲も新しく作り、満を持して新生アート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズは活動を開始します。

まずニューヨークでコンサートをやり、そしてアルバムを録音しました。

そのアルバムがこの「モーニン」です。

 

録音してすぐメッセンジャーズはヨーロッパツアーに出ます。

アルバム「モーニン」はヨーロッパツアーから帰ってからの発売という段取りになっていました。

ヨーロッパツアーは大盛況でどこに行っても大歓迎されコンサートは大熱狂しました。その様子の一部は「サンジェルマンのジャズ・メッセンジャーズ」というライブアルバムに収録されました。

 

アート・ブレイキーはこのヨーロッパでの大歓迎に驚いたそうです。

アメリカ本国では黒人のジャズマンはアーティストではなく芸人扱いされていました。アーティストとして手厚く歓迎してくれたヨーロッパ、特にフランスのファンに涙したそうです。

 

ヨーロッパで大歓迎されたニュースを聞いた本国アメリカではその反響に驚きアート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズとそしてジャズそのものを再評価する動きが拡がりました。ジャズの逆輸入ですね。

その流れに乗ってかちょうどヨーロッパ・ツアーから帰ってきて発売されたこのアルバム「モーニン」は爆発的に大ヒットしました。

そして日本でもこのアルバムはやはり爆発的に大ヒットし、日本中がファンキー・ブームという不思議な流行に至ります。

「モーニン」を蕎麦屋の出前持ちが口ずさんだといわれるくらいにメッセンジャーズは日本中のブームになりました。

 

1曲目は”Warm-Up And Dialogue Between Lee And Rudy”となっていますが録音する前にトランペットのリー・モーガンと録音エンジニアのルディー・バンゲルダーとの会話が挿入されています。アナログのLPレコードにはなかった部分だと思います。

 

2曲目の「Moanin’」はアルバムのタイトルにもなっている曲ですね。

Moanin’とは "うめき"とか "苦痛"という意味で、人種差別に苦しむ黒人たちの嘆きやうめきを意味しています。ピアノのボビー・ティモンズの作曲です。

 

3曲目のAre You Real?と4曲目のAlong Came Bettyはいまではジャズのスタンダードとなっています。サックスであり音楽監督でもあるベニー・ゴルソンの作曲です。

 

そして圧巻はなんといっても5曲目の The Drum Thunder Suiteです。

The Drum Suite(ドラム組曲)ではなくThe Drum Thunder Suite(雷鳴ドラム組曲)というところが凄い!

雷のような凄まじいドラムの組曲ということですね!

この曲もベニー・ゴルソンの作曲&アレンジです。

ドラムのアート・ブレイキーを知り尽くしているからこそ出来る作曲&アレンジですね。

ぜひ聴いてみてください!

 

このアルバムは間違いなく最高に元気の出るジャズ名盤の一枚です。

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曲目
1. Warm-Up And Dialogue Between Lee And Rudy
2. Moanin’
3. Are You Real?
4. Along Came Betty
5. The Drum Thunder Suite
7. Come Rain Or Come Shine
8. Moanin’ (Alternate Take)

 

[ Recording  1958年 Blue Note ]

 

演奏メンバ

Lee Morgan (Trumpet)

Benny Golson (T.Sax)
Bobby Timmons (Piano)

Jymie Merritt (Bass)

Art Blakey (Drum)

 

最後まで読んでいただいてありがとうございました!

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